岡山地方裁判所 昭和44年(ワ)184号 判決 1972年9月27日
原告 田原清美
被告 国 ほか一名
訴訟代理人 村重慶一 ほか八名
主文
一 原告の被告岡山大学長に対する訴を却下する。
二 原告の被告国に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告が負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
(原告)
一 被告らは別紙目録記載の土地の南出入口及び北出入口に設けた門扉、木柵等公衆の通行の妨害となる一切の物件を撤去せよ。
二 被告らは右土地に通行の妨害となる物件を堆積し、門扉を設置し、その他公衆の通行を妨害する一切の行為をしてはならない。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
(被告ら)
本案前の裁判として
一 本件訴を却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
本案の裁判として
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
(本案前の被告国の主張)
原告は民主社会党所属の岡山市議会議員であることから一般公衆のためこれにかわつて、本件訴を提起したものであり、原告適格を欠き、本件訴は不適法として却下されるべきである。
(本案前の被告岡山大学長の主張)
請求の趣旨記載の土地(以下本件土地又は道路という)は被告国の所有するところであつて、被告岡山大学長は被告国の機関としてこれが管理にあたつているに過ぎないから被告適格を欠き、原告の被告岡山大学長に対する訴は不適法として却下されるべきである。
(本案についての当事者双方の主張)
一 請求原因
(一) 被告国は本件土地を所有し、被告岡山大学長はこれを岡山大学構内道路として管理している。
(二) しかして本件土地は、道路として、かつて旧陸軍用地であつた頃から戦後岡山大学構内道路となつた後においても引き続き七〇年以上にわたつて一般公衆の自由な通行の用に供されてきたものであり、原告もその一人として所用のため頻繁に利用している。従つて原告を含めて一般公衆は本件道路について他の道路法所定の道路と同じく他の一般公衆の本件道路に対して有する利益を侵害ないし自由を侵害しない程度において自らこれを自由に通行する権利ないしは少なくとも法的保護に値する生活利益を有する。
(三) ところが被告岡山大学長は昭和四四年九月頃から何ら合理的な理由のないまま本件道路の南出入口に門扉を、また北出入口に木柵をそれぞれ設けて通行できる道路幅を従来の約二分の一とし、原告を含めて一般公衆の自由な通行を妨害している。
(四) また将来被告らが門扉、木柵を設置するなどして原告ら一般公衆の自由な通行を妨害するおそれはきわめて大きい。
(五) このため原告を含めた一般公衆は現に本件道路に対する自由な通行の権利ないし生活利益を不法に継続して侵害され、その結果日常生活上不便苦痛を受けている。
(六) 更に前記(四)のような通行妨害が将来なされるときは原告を含めた一般公衆は本件道路に対する自由な通行の権利ないしは生活利益を著しく侵害され、それの結果日常生活上きわめて大きな不便苦痛を受けることとなる。
(七) そこで原告は本件道路の所有者である被告国および管理者である被告岡山大学長に対し請求の趣旨記載のとおり本件道路に対する通行妨害排除および通行妨害予防を求める。
二 請求原因に対する認否
(一) 請求原因(一)の事実を認める。
(二) 同(二)の事実のうち、木件土地が道路としてかつて旧陸軍用地であつた頃から戦後岡山大学構内道路となつた後においても引き続き一般公衆の通行の用に供されてきたとの点を認め、原告が本件道路を所用のため頻繁に利用しているとの点は知らない。しかして本件道路は昭和二七年文部省所管の公用財産として大蔵省から引渡しを受けて以来被告岡山大学長が国有財産法に基づき管理しているものであり、一般公衆は道路法所定の道路のように本件道路につき自由に通行する権利ないしは法的保護に値する生活利益を有するものでない。被告岡山大学長はこれまで本件道路につき岡山大学構内道路として大学の目的使命を達成するうえから支障のない限度において一般公衆の通行を事実上容認してきたに過ぎない。
(三) 同(三)の事実のうち、被告岡山大学長が昭和四四年九月頃から本件道路の南出入口に門扉を、また北出入口に木柵をそれぞれ設けていることを認め、その余の事実を否認する。しかして被告岡山大学長は公用財産である本件道路につきその管理権に基づきその行政日的を十分に達成するため原告主張の門扉木柵を設置したものであつて、これがため一般公衆の通行が制限されている事実は全くない。
(四) 同(四)の事実を争う。被告らは本件道路に、さらに門扉等を設置する計画を存していないし、原告の通行を妨げる意図もない。
(五) 同(六)および丙の各事実をいずれも否認する。
第三証拠<省略>
理由
第一当事者適格について
一 原告が当事者適格を欠き、本件訴は不適法として却下されるべきであるとの被告国の主張について検討するに、原告が本件道路を利用する一般公衆の一人として有する自己の自由通行の権利ないしは生活利益に対する現在又は将来の侵害の排除予防を求めて本訴を提起したことは請求原因自体から明らかである。すなわち原告は自己の権利ないしは生活利益に対する現在又は将来の侵害の排除予防を求めるのであるから当事者適格の具備につき欠けるところはなく、被告国の前記主張は理由がない。
二 つぎに被告岡山大学長の当事者適格の有無について検討するに、木訴請求は原告が右道路に対して有する自由通行の権利ないしは生活利益に基づく通行妨害排除請求権又は通行妨害予防請求権を訴訟物とするものであり、したがつて本件訴訟は通常の民事々件であるから、その権利主体である国が被告適格を有し、行政庁でありまた岡山大学の長として右道路の管理に当つているにすぎない岡山大学長に被告適格はないので同学長を被告とする訴はこれを不適法として却下すべきである。
第二被告国に対する請求について
一 請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。
また同(二)の事実のうち本件道路がかつて旧陸軍用地であつた頃から戦後岡山大学構内道路となつた後においても引き続き一般公衆の通行の用に供されてきたことは当事者間に争いがない。
しかしていずれも本件道路を撮影した写真であること<証拠省略>および弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。
本件道路は岡山大学構内のほぼ中央付近に位し、岡山大学正門から市道法界院妙善寺線に至るまでの間を南北に走る道路で、右市道が通称東西道路と呼ばれるに対し南北道路と呼ばれているが道路法にいう道路として成立しているものではない。それは戦前旧陸軍用地であつたが、戦後昭和二四年岡山大学が発足すると同時に事実上同大学の管理するところとなり、昭和二七年正式に大蔵省から引渡を受け、爾来文部省所管の公用財産として被告岡山大学長が国有財産法に基づき管理するものである。しかし前叙の如く本件道路はこれまで永年にわたつて一般公衆の通行の用に供されてきたものであり、しかも通行態様について特別の制限を受けたこともなく、原告も昭和二五年頃から所用のため本件道路を週に何回か利用している一人である。
ところが、昭和四三年九月本件道路において自衛隊の弾薬輸送に対する抗議デモに参加していた岡山大学生三名が警備についていた機動隊に逮捕されるという事件が発生し、このため学生らが本件道路の両出入口に机椅子等を堆積してバリケードを構築し、一般公衆の通行を妨害するという行動に出た(通行妨害の点については当事者間に争いのないところである)その後バリケードは岡山大学職員らによつて撤去されたが、再び学生らがバリケードを構築するといつた事態が繰り返され、結局昭和四四年六月頃バリケードは最終的に撤去された。しかし右紛争を契機として被告岡山大学長は大学用地の範囲を明確にしてその管理を十分に行なう必要を感じ、また併せて本件道路の交通量も次第に増大してきたことから学内の静謐さを確保するため両出入口に門扉および木柵を設置した。
以上のとおり認められ、他に右認定に反する証拠はない。
そこでかかる場合原告が果して本件道路に対し管理者の加えた制限を排除し或いは制限の加えられることを予防する自由な通行の権利ないしは生活利益を有するか否かについて検討する。
国立大学用地等の公用財産は、道路公園等の公共用財産が本来他の共同使用を妨げない限度において一般公衆の自由な使用に供することを目的とするものであるのに対し、本来大学自体の用に供することを目的とするものであり、これが管理者によりある範囲において一般公衆の自由な使用に供されたとしても、その性質は、右公用財産の本来の目的を達成するにつき支障のない限度で事実上許容される反射的利益に過ぎず、従つて右のような公用財産の管理者が前記のとおりその用途、目的に応じこれを良好な状態に維持、保存するため一般公衆の自由な使用に制限を加えまたは加えようとすることがあつた場合一般公衆が右制限を排除しないしは予防しうる機能を備えた自由使用の権利または生活利益を有するとする法理を見出だすことはできず、このことは、本件道路のように公用財産としての管理が開始される以前から永きにわたつて一般公衆の自由な通行の用に供されてきた場合においても同様である。
二 以上の次第で原告の本訴請求はいずれもその余の点について検討するまでもなく理由がないこと明白である。
第三結論
よつて原告の被告岡山大学長に対する訴を却下し、被告国に対する請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 中原恒雄 松尾政行 渡辺温)